2009年12月10日木曜日

兆し



「笑っているの」と訊ねると
「笑っている」と応える


木の葉が風に舞って
肩越しに落ちかかるまひる
赤い葉っぱが嬉しくて
赤い色がかなしくて
その指先をもとめて手をのばすの


耳を澄ますと冬の匂いがほら
木立の向こうの空の彼方から


何かが生まれる前の
何もない静かな片頬のえくぼ


雲間からこぼれる ひかり ひかり
囁くような かすかな予兆


落ちてくる
わたしのもとに落ちてくる
いつか雪になるだろうか
あるかなきかの手触りで
それは思いになるだろうか


(誰か知らないだろうか)


「泣いているの」と訊ねると
「泣いている」と応える


凍えた指先をあたためたくて
そっと手のひらを重ねたくて
手をのばすの




2009年10月28日水曜日

メタモルフォーゼの森



どこへ行こうか――
そう問いかける森の
落ち葉は湿って素足に心地よい
(靴は捨ててしまった)


赤や黄や私を包み込むまだ青い
木の葉よ お前の匂いにむせて
ひたむきに傾けるやさしさにむせて
駆けてゆく 髪を唇にからませて


樹木をしならせ吹きすさぶ風は
私から身体(からだ)を奪おうとする
剥がれ落ち また剥がれ落ち
私に何が残るというのだろう


つま先はやがて土を蹴り
指さきはやがて蹄になり
木の葉や蔦や無数の草穂に
からまった髪から耳をぴんと立て
どこへ行こうか――


啼く声は喚(よ)んでいる
森の向こうにはまだ知らないあなたがいる


2009年10月7日水曜日

ときどき僕は



ときどき僕は
草のなかを歩いてみる
さらさらと風が流れてゆく
草穂が膝頭を撫ぜれば
なつかしい思いに満たされる


ときどき僕は
人に話しかけてみる
ときどき
誰とはなしに笑いかけてみる


ときどき
雲間から陽が射せば
忘れていた淋しさに火がつくだろう
理由もなく花を引きむしり
乱した指さきに血がにじんで


ときどき僕は
歌をくちずさんでみる
ときどき
胸にしまった誰かを思ってみる


そして
陽だまりでまるくなって
閉じたまぶたに光が踊るのを見るだろう
虹がかかるのを見るだろう


ときどき僕は
何も考えられなくなる
夕陽が音のない部屋に忍び込めば
辺りにいつかの海が寄せてくる
鴎の声がして 耳の奥で遠く


2009年9月3日木曜日

草の実はじけて



指が触れると
草の実がはじける
ふるえる心の動きを
あなたは知ってか知らずか


見つめるあなたの瞳に
青い空が映り
その青に溶けてしまいたいと思う
その青はいつか見た風
その青はいつか感じた水
目覚めては満ちて
こぼれて
また満たされてゆく


その青は
去りゆく人が見るだろう青さ
その青は
今飛び立とうとする鳥が目指す青さ
すべてを脱ぎ捨てれば
迫ってくる
反転する世界


じっとしていて どうか
しばしゆれているのは草の葉
まぶしい光に目を閉じる


    かなしむ人よ
    風に
    吹かれていてもいいか
    その胸に
    続いている道を


指が触れると
草の実がはじける
ふるえる心の喜びは
あなたを知ってか知らずか


2009年8月5日水曜日

夏の庭



ひそかな風にあおられて
梢の葉裏がひるがえる
なぜなのだろう なぜかしら
瞳の奥がかすんでくるのは


指先をのばしても
風はすり抜けるばかりで


あなたは黙って
傍らの草をむしり取る
その指がいつしか
わたしの心を蝕んでゆく


何もいらない 欲しくない
瞳だけで囁くやわらかな時

    
     こぼれてしまうから
     花のように
     そして読みとって
     わたしの唇を 


静かな夏の陽がのびて
二人の額に影を落とす


あなたとわたしはまだ子供のまま
夏の庭で戯れる


2009年7月22日水曜日

ふたり



陽は斜めに射して蜜蜂が群れる
垣根には今年も薔薇が咲いた
みんな二人だけのもの
手をつないで小径を駆けてゆく


ぼくたちは (わたしたちは)
村はずれにひとつの廃屋を見つけた
秘密の隠れ家だと一目で知った


    かくれんぼうをしようよ
    ぼくは (わたしは)
    とてもうまく隠れられる
    さあ 目をつぶろう


破れ窓からきらきらと埃が踊る
黙っていても二人には同じものが見える
ここは王国
窓の外を兔が駆けてゆく


     *


ポケットには甘いキャンディー
口に含めば大人にも子供にもなれる
でも とても勇気が必要だろう


    さあ 指を探って
    ぼくは (わたしは)
    いくつになった
    あれから何年たった


大人になれば目に見えると思っていた
ずっと一緒にいられると思っていた
大切なこの気持ち
トイードルダムとトイードルディーのように


     *


    ねえ 目を開けてもいい?


それから それから 返事を待ち続けて


Darling ぼくたちは (わたしたちは)
何かを恐れて今も目を閉じたまま
肩寄せ合ってあの廃屋の中で


同じ微笑 同じまなざし 同じ声で笑う
同じ時間を生きている物語
そうさ みんな二人だけのもの
あの小径をもうすぐまた駆けてくる



2009年7月8日水曜日

七月の舟



七月は一艘の舟
僕らは詩の上で旅をする
オールは持たず自在にすべってゆこう
喜びも悲しみも傍らに従えて
まだ陽はあんなに高いのだから


指を浸せば波紋の向こうに
雲は流れ 陽はきらめき
ゆらりとかしぐ青い空も見えるだろう
僕らの言葉はまだ拙いから
この幸福を形にする事は出来ない
せめて響き合う何かをいつも温めて


 ごらん沿道には夏草がびっしり生い茂り
風が首筋を撫ぜてゆくその光の先で
君が笑っているような気がして
なぜだか切なくなるんだ
君はあれから大人になったかい
すました顔で一人歩いているのかい


僕らは迷ったり悩んだりつまずいたり
今も傷だらけになって漂っている
水底にきらきらと沈んでゆく
小さな塵芥(ちりあくた)にさえ涙を流したりして
だけどそう 顔を上げていよう
まだ陽はあんなに高いのだから


七月は一艘の舟
僕らは詩の上で旅をする
時々は冗談を言って笑い合おう
時々は寄りそって手をつなぎ合おう
例えその指が近くにないとしても



2009年6月4日木曜日

緑の踝



いくつもの光の輪が揺れている
緑の踝(くるぶし)が踊り私を誘うだろう
風は耳うちして秘密を告げた
胸うちに痛みに似た喜びが広がり
そうして唇から歌がこぼれ


ごらん
静かな火が燃えはじめる


樹々は枝を広げ葉を生い茂らせ
この世界から私を隠そうとする
意地悪な緑の踝が見え隠れして
その先へ その先へ
あるいはどこか別の場所へ


小鳥がふいに飛び立つように
何かやさしいものに驚かされてみたい
後ずさりをしても微笑んでいられるように
無防備な心にさざ波が広がるように


水滴がつと、落ちて
残響が耳にこだまする


世界はいのちに満たされて燃える
葉裏がひるがえり花首は揺れる
流れはひた走り濃い影にふちどられる
音楽はたえまなく奏でられる
風は吹く 喜びはここにあると


踊れ 踊れ 緑の踝と共に


樹々の根元にやがて私は眠る
そしてどこか深い場所で感じるだろう
緑の踝がそっと忍び寄り
しなやかに指先をのばすのを


2009年5月20日水曜日

その花



涙を流して見つめ合う
あなたは左のまぶたから
私は右のまぶたから


唇から白い花びらはらはらこぼれ落ち
その花が水に流れてゆこうとも
あなたは私を知る事はない
私もまたあなたを知り得ず


触れたのは花の輪郭なのか
触れたのは花のこころなのか
まぽろしのように薫るだけで


いつのまにか咲いてしまったのに
その花を名づける事もかなわなくて
ただ唇から白い花びらこぼれ落ち
はらはらこぼれ落ち


    花を捧げようか
    このこころを
    どうか傍らに
    跪かせて

    
あなたの左の目に私が映る
私の右の目にあなたの微笑みが
どこか遠い遠い誰も知らない岸辺
名もない花がゆれている


指先だけがいとしいと囁いている



2009年4月9日木曜日

春の海を君に



春の海をあげる
君にあげる
君がもう泣かなくていいように
手のひらで木もれ陽を集めたら
桜の花びらを浮かべよう


春の海をあげる
君にあげる
じっと見つめてくれたらそれでいい
そっと水面が揺れ動いたら
どうか私を思い出して


    泣き虫だから仕方がない
    涙がこぼれたら仕方がない
    でもね この手のひらには
    明るいお陽さまだけを浮かべよう
    そして 君は笑っていて欲しい
    いつもそうしていて欲しい


春の海をあげる
君にあげる
桜の花びらいっぱいの海を
風が吹いたら瞳をあげて
何もかも光っているから君に
この世界は君だけに




2009年2月18日水曜日

私たちは夢の中で



夢の中で私たちは
幾度もくちづけを交わした
あなたの唇はいつも濡れていて
舌を入れると海の味がした
まるで水中深く落ちてゆく
立ち昇る泡が遠く遠く輪を描いて
はるかな岸辺へと


夢の中で私たちは
幾度も別れを繰り返した
つないだ指を一本ずつほどいては
見つめ合って遠ざかった
何も言わないで唇だけで別れた
さよならの形を試すようにしては
ぬくもりを確かめるようにしては


夢の中で私たちは
幾度も抱(いだ)き合った
あなたの鎖骨が光って夜を照らす
まぶしくていつも目を閉じてしまう
目を閉じれば潮騒が聞こえる
耳を澄ませば海流がなだれ込んだ
いつでも海があった


夢の中で私たちは
何度も何度もすれ違った
ある時は他人のふりをして
ある時はどこかで見たような顔をして
振り返りはしなかった
異人のように視線が合っても
淋しさに口をつぐむ事があっても


夢の中で私たちは
名前も顔も知らなかった
声も唇も指先も知らなかった
まだ出会ってさえいなかった
愛という言葉すら知らなかった
私たちは今もなお


2009年1月7日水曜日

手紙



あなたは書かれた事のない手紙
いまだ出された事のない手紙
封を切られないまま
大切に言葉をしまい込んで


わたしはそっと考える
その言葉がどんなに心を震わせるかを
わたしは夢を見る
その言葉がどんなに心を燃え立たせるかを


指でなぞれば語りかけて来る
あふれるように流れる水になり
口に含めばわたしの一部になる
空気のように息をするたび寄りそって


わたしの中であなたは生まれる
わたしの中であなたは息づく
その真摯な言葉だけが
あなたを知る手がかりのように


わたしの中であなたは翼を広げて
あの青い空を飛ぶ鳥の自由さで
どこか遠くへ心を運んでゆくだろう
何度も何度も繰り返し読まれるたびに


そうして開いてゆく手紙
白紙に黒い文字で描かれるあなたのすべて